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東京地方裁判所 昭和36年(ワ)4460号 判決

原告 須藤佑之

被告 鈴木朝子 外二名

主文

原告の請求はいずれもこれを棄却する。

訴訟費用は原告の負担とする。

事実

原告訴訟代理人は「原告と被告鈴木朝子との間に原告が別紙目録〈省略〉一、(一)記載の土地につき普通建物所有を目的とし賃料一カ月金九、三四五円毎月末日限り翌月分を支払う約の期間の定めのない賃借権を有することを確認する。被告犀川恒太郎は原告に対し別紙目録二、(一)(二)記載の建物を収去して同目録一、(二)記載の土地を明け渡し、かつ金三万九、八二〇円及び昭和三六年五月一一日から右土地明渡ずみまで一カ月金五、四三〇円の割合による金員を支払うべし。被告斎藤信昭は原告に対し別紙目録二、(三)(四)の建物を収去して同目録一、(三)記載の土地を明け渡し、かつ金四万二、八五四円及び昭和三六年五月一一日から右土地明渡ずみまで一カ月金五、九八一円の割合による金員を支払うべし。訴訟費用は被告らの負担とする」との判決並びに給付を命ずる部分につき仮執行の宣言を求め、その請求の原因並びに抗弁に対する答弁及び再抗弁として次のように述べた。

(一)、別紙目録一、(一)記載の土地(以下本件土地という)はもと被告鈴木先代栄次郎の所有にかかるものであり、原告先代須藤半次郎は明治二四年ごろ右栄次郎から本件土地を普通建物所有の目的で、賃料は毎月末日限りその翌月分を支払う約で期間の定めなく賃借したところ、その後右栄次郎は死亡し被告鈴木において相続により本件土地の所有権を取得するとともに右賃貸借契約を承継し、次いで昭和二四年一二月原告先代半次郎は死亡し、原告において、相続によりその権利義務を承継し、土地の賃料は数度改訂せられ最後は一カ月金九、三四五円となつた。しかるに被告鈴木は原告との賃貸権は終了したとしてその賃借権を争うのでここに同被告に対し、原告は請求の趣旨記載のとおりの賃借権を有していることの確認を求める。

(二)、原告先代半次郎は被告鈴木の承諾を得て昭和二〇年六月一日被告犀川に対し本件土地の一部一一坪五合を賃料一カ月金二三円毎月末日翌月分払とし普通建物所有を目的として期間の定めなく(賃貸)転貸し、さらに昭和二三年一一月一日これに三坪五合を、昭和二五年八月一日、四坪を加えて合計一九坪(同目録一、(二)記載の土地)となり、昭和三六年四月当時の賃料は一カ月金五、四三〇円であり、現在被告犀川は右土地上に別紙目録二、(一)(二)記載の建物を所有している。また原告先代は昭和二〇年八月一日には被告斎藤に対し同様本件土地の一部である五坪について賃料一カ月金九円毎月末日翌月分払とし、普通建物所有を目的として期間の定めなく賃貸(転貸)し、さらに昭和二二年一一月一日一〇坪、昭和二四年六月一日四坪五合、昭和二六年一月一日三合八勺をこれに加え合計二〇坪八合五勺(別紙目録一、(三)記載の土地)となり、昭和三六年四月当時の賃料は一カ月金五、九八一円であり、被告斎藤は現在右土地上に別紙目録二、(三)記載の建物を所有している。しかして原告は前記のとおり先代半次郎の死亡とともに相続によりその賃貸借上の地位を承継した。しかるに被告犀川同斎藤はいずれも昭和三五年一〇月分から昭和三六年四月分までの賃料(合計被告犀川は金三万八、〇一〇円、同斎藤は金四万一、八六〇円)を支払わないので、原告は被告両名に対しいずれも昭和三六年五月六日到達の内容証明郵便をもつて同月九日正午までにそれぞれ右延滞賃料を支払うべく、右支払のないときはこれを条件として右賃貸借契約を解除する旨催告並びに停止条件付賃貸借契約解除の意思表示をしたが右両名とも右期限までにその支払をしないのでこれにより右各賃貸借契約は同日限り解除により終了した。よつてここに被告両名に対しそれぞれその所有にかかる前記各建物を収去して前記各土地を明け渡し、かつ昭和三五年一〇月一日から昭和三六年五月九日までの前記各割合による賃料及び昭和三六年五月一一日から右明渡しずみまでこれと同一の割合による各損害金の支払を求める。

(三)、被告らの抗弁事実中被告鈴木から本件土地賃貸借解除の意思表示のあつたことは認めるが本件土地については原告方では当時被告鈴木の代理人小柳津四郎の承諾を得て転貸したのであるからもともと適法であり、被告鈴木の解除は無効であり、原告には土地転貸人としての義務に何らかけるところなく、従つて被告らは債務不履行の責任を免れない。

被告鈴木訴訟代理人は主文同旨の判決を求め、答弁及び抗弁として次のように述べた。

(一)  本件土地がもと被告鈴木の先代栄次郎の所有であつて、同人がかねてこれを原告先代半次郎に普通建物所有を目的として期間の定めなく賃貸していたこと、その後被告鈴木先代は死亡し被告鈴木において、また原告先代は死亡し原告において、それぞれ相続によりその権利義務一切を承継したものであること、原告ないし、原告先代が原告主張のように本件土地中その主張の部分を被告犀川、同斎藤に転貸したことは認めるが、本件土地賃貸借のはじめが明治二四年ごろであることは否認する。右は明治三八年ごろである。

(二)、原告先代は原告主張のとおり本件土地中原告ら主張の部分を被告犀川同斎藤にそれぞれ賃貸し、昭和二九年五月一五日には原告は本件土地賃借権中前記転貸にかかる部分をそれぞれ被告犀川、同斎藤に譲渡したところ、これらについてはいずれも被告鈴本の承諾がなかつたものであり、被告鈴木は昭和三五年ころにいたつて右事実を知つたので昭和三五年九月十二日原告に対し本件土地についての賃貸借契約を解除する旨意思表示をしたから、これによつて右賃貸借は終了した。

(三)、原告が右転貸ないし賃借権の譲渡につき被告鈴木もしくは小柳津四郎の承諾を得たことは否認する。仮に小柳津四郎の承諾があつたとしても同人は被告鈴木の代理人ではない。

被告犀川、同斎藤訴訟代理人は主文同旨の判決を求め、答弁及び抗弁として次のように述べた。

(一)  原告の請求原因事実中原告がその主張の経緯で本件土地を所有者たる被告鈴木から賃借していたこと、被告らがそれぞれ原告主張のように原告主張の部分を転借し、地上に原告主張の各建物を所有していること、被告らが原告主張の賃料を支払わず、原告主張の催告並びに条件付解除の意思表示のあつたことは認める。

(二)、本件土地は原告方において当然にこれを転貸し得べきものではなく、賃貸人の承諾を受けて被告らに土地を使用させる義務があるにもかかわらず、原告方では被告らに対する転貸につき被告鈴木の承諾を得なかつたので、被告鈴木から右賃貸借契約を解除され、被告らは所有者たる被告鈴木から無断転借人として立退きを要求されるにいたつたのに、原告は被告らの地位を守るべく何らの努力も払わなかつたので、被告らはやむなく被告鈴木と交渉し昭和三五年一〇月二四日被告鈴木と直接賃貸借契約を締結し、以後右鈴木に直接賃料を支払つているのであるから、被告らが原告に賃料を支払わないことについて被告らには何らの帰責事由がなく、原告の請求は失当である。

証拠〈省略〉

理由

本件土地がもと被告鈴木の先代栄次郎の所有にかかるものであつて、原告先代半次郎が右栄次郎から本件土地を普通建物所有の目的で期間の定めなく賃借したこと、その後原告、被告鈴木とも、それぞれ先代の死亡とともに相続によりその権利義務を承継したことは当事者間に争いがなく、その最後の賃料が一カ月金九三四五円であり、毎月末日翌月分を支払うべきものであつたことは被告らの明らかに争わないところである。

右賃貸借の始期については原告本人尋問の結果と弁論の全趣旨により明治二四年ごろであることは、これを認定できるところ、これには期間の定めがなかつたこと前記のとおりで、特段の事情の認めるべきものがないから借地法により二〇年毎に更新せられ、最後の昭和二六年からさらに二〇年存続すべかりしものであつたといわなければならない。

被告らは原告と被告鈴木間の本件土地賃貸借は解除により終了したと主張するところ、原告先代が原告主張のように被告犀川、同斉藤に対し本件土地中原告主張の部分をそれぞれ転貸したこと、被告鈴木が右転貸を理由の一として原告に対し昭和三五年九月一二日本件土地賃貸借契約解除の意思表示をしたことは当事者間に争ないところである。

原告は右転貸につき被告鈴木の代理人である小柳津四郎の承諾を得た旨主張しているのでこの点について判断する。この点につき原告の主張にそう原告本人尋問の結果は証人小柳津四郎の証言及び被告鈴木本人尋問の結果とくらべて直ちに信用し得ず、証人小柳津四郎の証言により成立を認めるべき甲第一号証によつてはまだ右事実を認めるには十分でない。かえつて成立に争ない甲第七号証の一、二、丙第三、第四号証、丁第三、第四号証、証人小柳津四郎の証言により成立を認めるべき甲第八号証の一、二、証人宮崎進、斉藤英治、小柳津四郎の各証言、被告鈴木、同犀川、原告(但し前記排斥にかかる部分を除く)各本人尋問の結果に本件口頭弁論の全趣旨をあわせれば右小柳津四郎は長期にわたつて本件土地を含む右鈴木の貸地について賃料の集金に携つて来ている者であるが、同人にはそれ以外被告鈴木を代理する何らの権限もなく、また右鈴木に無断で転貸を承諾するようなことは自らつつしんで来たこと、原告先代は昭和二〇年ごろまでは本件土地に自ら建物を所有してこれを他に転貸していたが、これらが戦災によつて焼失してからは自ら建物を建てず、土地を他に転貸するにいたつたものであるが、小柳津四郎はそのころ本件土地に被告犀川、同斉藤らが居住していたことには気付いており、原告先代が地主に内密にこれらの者に土地を転貸したのではないかとの疑をいだいたこともあつたが、何分にも戦後の混乱期になされたものであり、被告犀川はそれ以前から同所附近にあつた原告先代所有の建物を賃借していた関係もあり、被告斉藤は被告鈴木方と縁故があり他の土地を賃借していた関係もあつたので、小柳津四郎としては原告先代が内緒でしていることをことさらに問いただしたり、あばいたりするのを躊躇していたところ、その後先代を相続した原告は昭和二九年ごろにいたり被告犀川及び斉藤に各転貸部分の賃借権を金二五万余円及び二七万余円でそれぞれ譲渡し、内金一〇万円ずつを受け取るとともに小柳津四郎に対し被告鈴木の承諾を得るよう頼み、そのころ小柳津四郎はこれを被告鈴木に取りついだが、被告鈴木は被告斉藤らに転貸を認めたことはないとして全然とり合わなかつたのでそのまま推移したところ、昭和三五年九月ごろにいたつて原告が本件土地中の他の一部を訴外開国屋工業株式会社にしていた転貸が地主たる被告鈴木に知れ、鈴木方で調査の結果、被告犀川、斉藤らに対する転貸も明るみに出たので被告鈴木はこれを大いに意外とし、原告に対して事態の解決のため本件土地の買い取り方を求めたが、原告が拒んだのでついに被告鈴木は本件賃貸借契約解除の挙に出たものであることを認めるに足り、右事実によれば原告先代及び原告は本件土地についての多年の賃貸借になれて、あえて地主の承諾をとりつけることなく転貸しないし借地権の譲渡をしたものであることを推認するに十分である。その他に原告が被告鈴木から有効に転貸の承諾を得たものと認めるべき特段の事情の存することは原告において主張立証しないところである。

しからば被告鈴木のした本件土地賃貸借解除は有効であり賃貸借はこれによつて終了したことは明らかである。

次に原告の被告犀川、同斉藤に対する請求の当否について判断する。

原告が右被告両名に対し本件土地中その主張の部分をそれぞれ転貸していたこと、右両名が原告に対し原告主張の日から賃料を支払わず、ために原告がその主張の如く右両名に対して右転貸借契約解除の意思表示をしたことは当事者間に争いがない。

原告の被告犀川、斉藤に対する転貸が地主たる被告鈴木の承諾を得ることなくなされたものであることは前認定のとおりであるが、原告と右被告ら両名との間においては賃貸借は有効であるから、右両名は原告に対する右転貸借上の義務を免がれるものではないのであるが、被告鈴木本人尋問の結果により成立を認めるべき丙第六号証、丁第六号証、証人斉藤英昭の証言及び原告、被告犀川、同鈴木各本人尋問の結果及び前認定の事実をあわせれば前記の経緯により右被告らはかねて原告から本件土地の一部をそれぞれ転借し、ついでその賃借権の譲渡を受ける旨契約し右被告らは右代金の内金として原告に各金一〇万円を支払つたのに原告は右契約を実行せず、かえつてその後に被告鈴木から無断転貸を理由に本件土地賃貸借を解除され、被告ら両名もまた被告鈴木から無断転借なりとしてその明渡しを迫られたのに対して原告はほとんどみるべき努力もすることなく、たんに前記一〇万円ずつを返還したのみであつたので、被告らは自己の借地権確保のため地主と直接交渉し昭和三五年一〇月二四日被告鈴木との間にそれぞれ直接の賃貸借契約を結び、地主から土地の引渡を受けて引き続きこれを占有するにいたつたことを認めるに十分である。

右事実によつて考えれば、原告は被告ら両名に対する転貸借の基礎である被告鈴木からの賃貸借を解除された以上、他に反対の事情の見るべきもののない本件においては転貸借における転貸人としての義務は履行不能に帰し、これによつて右転貸借もまた終了したものといわざるを得ない。そして原告は本件土地賃貸借終了により被告鈴木に本件土地を返還すべき債務を負い、被告ら両名は転貸借終了により原告に本件土地の各部分を返還すべき債務を負う筋合であるが、原告の被告ら両名に対する返還請求権はこれを自ら占有するためのものでなく、自己が被告鈴木に対して負う返還義務を履行するために存するものというべきところ、被告両名が被告鈴木から直接土地を賃借し、爾後右賃借権にもとずきこれを占有する以上、これによつて被告鈴木は占有改定により占有を取得回復したものというべく、原告に対する本件土地返還請求権はその目的を到達したものとして消滅し、その結果原告は本件土地の返還義務を免れたものというべく、従つて右返還義務履行のために存するものたる被告両名に対する返還請求権もまた目的の喪失によつて消滅したものと解するのが相当である。

よつて原告の請求は理由のないものとしてこれを棄却し、訴訟費用の負担について民事訴訟法第八九条を適用して主文のとおり判決する。

(裁判官 浅沼武)

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